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投稿No. 579
祇園祭宵山でお会いできませんでした
 投稿者 神奈川 にお住まいの たなきん   さん   ??歳  男性
2017/08/06(日) 22:25
 

16日昼に、近くの御射山公園近くの「麺匠たか松本店」でつけ麺を食べていたたなきんです。今年は集合がないのかなあと思っていたらなんと連絡がつながらなかったようです。

さて、いつものように長文です。この日の午前中に何処に行っていたかのご説明であります。
読者諸兄にはおなじみの北山ユースホステル開所二周年記念で配布された「平凡社ポケット地図 京都2万分の1」を後生大事にその地図の索引に掲載されている寺社仏閣公園御陵をアイウエオ順に踏破するのが私のライフワークなのでございます。

小学生が郵便切手を集めるように、オタクがガンプラ(ガンダムのプラスチックモデル)を集めるように、男の子には収集癖があると言われております。私はたまたま、それが寺社仏閣巡りという道楽に出てしまい、京都に来たのも地元の鎌倉のそれらを全数踏破したからであります。

ところで、純粋にアイウエオ順に巡ると残り少ない寿命で回りきれないので、未踏の場所があったら、地図のそのページに乗っている他のお寺もついでに足を運ぶという方針で活動をしておりますが、今回は27ページ「嵯峨」を目指すことに致しました。

ちなみに見開きの左隣は「嵐山」で北は大覚寺から、釈迦堂、天龍寺、さらには化野念仏寺、祇王寺、二尊院、常寂光寺、野々宮神社などは、誰でもスラスラと思い出せるお寺でしょう。

さて、臨川寺はご存知ですか。名前の通りに「川に臨む寺」で、渡月橋の東詰めを南に下り、土産物屋の並びが尽きるとすぐに見つかります。この寺、私が訪れた時期はあの嵐山大洪水の少し後で、当然ながら「一時休業」のような看板がかかっておりました。

大悲閣千光寺は如何でしょうか。イイ⚪︎カさんなら行ったことはあるかも知れませんが、普通の常人ならそこまで行きませんね。

閑話休題、「嵐山」ではなくて「嵯峨」の話でした。
9時前に四条烏丸から大覚寺行きのバスに乗込む。ポケット地図37ページの未踏の寺である寺を目指すのであります。さてこのページの東北には宇田野ユースがあって、西南の角には阪急電鉄嵐山駅がございます。嵐電の駅でいうと嵐山駅の一つ手前の嵯峨駅前から鹿王院、車折、嵯峨野、帷子ノ辻駅までがその範囲になり、意外に寺社仏閣の少ない過疎地ですが、
印空寺と遍照寺が未踏であったのです。ちなみに某氏は印空寺はよく知っているというので、感心していたら、宇多野ユースで年越しすると一番近くにあるこの寺で除夜の鐘を撞くということだけの記憶でした。お寺の曰く因縁はwebで調べてください。
大覚寺終点でバスを降りると、大覚寺も大沢の池も望まず、ひたすら広沢の池を目指して田舎道を歩みます。この広沢の池に続く道はなだらかな弧を描く本当の田舎道で両側を田んぼや畑が広がっており、左手には山が迫っているまことに一千年前から続く田園の道であります。

ここでまた、脱線。
大文字の送り火、鴨川の河原で騒いだり、北山通を深夜歩いてユースまで歩いた青春の一コマを思い出される方もおられるでしょうが、広沢の池ではその夜に灯籠流しが行われます。南の道路に面した池の畔から灯を流すと、どういう風なのか北側の対岸(彼岸)に向かって揺れながら流れて行くのです。お囃子も鉦や太鼓もありません。皆が皆、無言です。じんわりしてしまいます。この大沢の池の精霊流しは誰にも内緒にしてほしいものです。

遍照寺は大沢の池から200メートルくらい南に下ったところにある驚くほど小さな寺でした。詳細な由緒来歴などはググってみていただくとして、その昔は殷賑を極めた時代があったようで、盛者必衰会者定離の言葉を思い起こさずにはいられません。ちなみに大沢の池は、別名で遍照寺池とも呼ばれていて、このお寺の庭の一部として造られたという説が有力です。

また、広沢の池の東岸の一帯の土地は世界救世教いづのめ教団の敷地総面積三万坪の「京都平安郷」と呼ぶ聖地となっていて、興味深いことに、道路を挟んだところにある岡田茂吉記念館に入場すると、誰でもその聖地を訪れることができるようになっています。
http://www.izunome.jp/holy_place/kyoto/

さて、印空寺の感想はその内に書けたら書きます。


  Res No.1 京 都 にお住まいの oyaji さん  ??歳  男性
2017/08/09(水) 16:09 
 

きっと何処かで祇園祭に、と思っていました。1976年の平凡社の地図に未だ、執着してられる均ちゃんに配布した当人として敬意と感謝の念を禁じえません。他に漢字辞典も送ったこともあります。せいぜいいい日本語をしるしていってください.   さて大沢の池周辺は、じもとの学者の間でも不確定な事象が多いと聞いています。当節はやりの応仁の乱で幾つもの寺院が消失したとのせつもあります。良く調べて、次号を期待します。


  Res No.2 神奈川 にお住まいの たなきん さん  ??歳  男性
2017/08/11(金) 00:14 
 

お父さん、ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。
いつものように長文です。

実は、大雨の翌日8月8日も上洛しておりまして、当日は大津の花火大会があり京都駅は浴衣を着た若い男女で盛り上がっておりましたが、肝心の1976年の地図を家に置いてきてしまい、急遽、別のテーマに切り替えたのであります。

そのテーマは「京のカレー」であります。
京都通の読者諸兄は、祇園の「おかる」や、岡崎の「山元麺蔵」でカレーうどんを食べたことが一度はあるのではないでしょうか。そして、今年の祇園祭のある日、私は八坂神社の南、東山通りの餃子の王将より少し南にあるカレーうどんの店「味味香」を訪れたのであります。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26017310/

小生の拙い描写力に頼らず、某国営放送局のある番組のテキストから引用しますと
「このお店では黒口浜で取れる真昆布、そしてさば、宗田がつお、うるめ、鰯の削り節で、濃厚なうまみのだしをひきます。そこにうす口醤油、みりん、”かえし”を入れておだしの完成です。」 番組によると、「スパイス」には味がなく、香りと辛みしかない。そのため、京都の深いお出汁の味を壊さずにインパクトを加えることができるのだそうです。

ちなみに「おかる」は、北海道の天然昆布香深産の一級と最高級のサバ、ウルメ、カツオなどを合わせて採ったダシとカレーを合わせてあるそうですな。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26001282/

さて、味味香のカウンターでカレーうどんに向かい、カレーが自分の服に飛び散らないように注意して食べていると、隣席に浴衣を着た若い女性が腰を下ろし、そのため注意力が散漫になってしまいました。密かに横目で様子を伺うと隣国半島からの旅行者でして、そのまた隣の二人連れの浴衣も隣国の先の大陸のクーニャンでありました。つまり、京都のカレーうどんは国政的になっているのであります。

真理の探求者として、この一店舗で黙っているわけには参りませんが、人間には胃の腑が一つしかなく、とっくに還暦を超えたジジイにランチで二食も食べろと言われても身体が受け付けません。そして、臥薪嘗胆、面壁三日、捲土重来を期して京阪三条駅まで移動、「篠田屋」を目指したのであります。この店は創業1904年、日露戦争の前年に店を開いた老舗であります。京阪三条駅の前進、京津電気軌道の三条大橋駅が開業したのが1912年なのですから相当の歴史であります。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26007082/

その老舗の扱うメニューは、中華そば、ニシンそば、せいろそば、冷やしうどん、カレーライス、ヒレカツ定食であります。そう、市井の家族経営の大衆食堂なのです。
ところが、一つだけ違うメニューがあって、それが「皿盛」なのであります。わかりやすく書くと、カツカレーのカレーがカレーうどんの上に載るような片栗粉でとろみをつけたカレーである一皿なのです。これが650円で、なんとカツカレーも650円でメニューに並んでいるのであります。
ちなみに、このメニューは昭和の終わり頃まで、裏メニューで密かに愛好者だけに供されていたのですが、評判になってしまい、今では店の前に「皿盛」と大きく書いた提灯がぶら下がっています。

「利尻昆布に三種類の削り節を使って、雑味が出ないようにさっとだしを引いている」そうです。そこで、祇園祭のある日のランチはカレーうどんの次は「皿盛」と決めて、三条大橋を大股で東に向かったのです。

ところが行ってみると、店には「臨時休業」の張り紙があって、残念なことに「皿盛」はお預けとなってしまったのであります。冷静沈着、用意周到の私は、直ちに「プランB」を発動して、そこから壇王法輪寺の境内を抜け、鴨川畔の「えいじ」に入店したのであります。
https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260303/26025205/

この店は、南極観測隊の料理人を二期勤めている方が大将で、そこのカレーうどんがすこぶるうまい。うまいわけで、だしをふんだんに使い、肉カレーうどんには牛肉を使っている。もちもちした麺も相まって息継ぎするのももどかしく啜り込み、皿盛を逃した恨みを晴らしたのであります。

で、話は振り出しに戻り、8月8日(火)に念願叶って、三条京阪の「篠田屋」さんで皿盛を頬張ったのであります。福神漬けを端にちょい載せした皿にライスを盛り、薄いトンカツを載せ、その上にどろりとしたカレー餡がかかっていて、その餡にはところどころに青ネギが混じっている一皿であります。名古屋で餡かけスパを食べた時は心底がっかりしましたが、この皿盛は期待を裏切りませんでした。これはカレーライスの亜流ではなく、カレー風味のとろみダシ汁かけご飯です。日本人に生まれてよかった。

みなさま、京阪三条に昼ごろ、夕方にお立ち寄りの説は、是非とも本邦唯一の名物をご賞味あれ。


  Res No.3 京 都 にお住まいの oyaji さん  ??歳  男性
2017/08/17(木) 19:01 
 

京阪電車の話:大阪淀屋橋発三条京阪が終点でした。出町柳まで伸長したのはついこの間の事です。乗務員や関連従事者の溜まりもあり三条京阪は大所帯の終着駅でした。交代の従業員がたくさん、しかも素早く動くために考えられたのが、問題のうどん屋の先代店主の妙案です。”皿盛”の由来と聞いてます。


  Res No.4 神奈川 にお住まいの たなきん さん  ??歳  男性
2017/08/19(土) 23:19 
 

某国営放送のテキストを少し引用します。

「”皿盛”という名は「常連さんに」ご飯にカツをのせ、カレーうどんのあんをかけてと頼まれたんです。丼では熱くて昼休憩の時間中に食べられへんから皿に盛ってと。
それから”皿に盛ったやつ”で注文を通して裏メニューに。表のメニューになったんは25年くらい前。」

「”皿盛”のおいしさは濃いめにとっただし。うまみの出る利尻昆布、50〜60cmのもをを2枚。削り節は3種類を合わせて使っています。年段物の大きな釜で、雑味が出ないようにサッとひき、味付けは砂糖とうす口しょうゆのみ。これにペースト状に水で溶いたカレー粉をひとさじ加えます。おだしが先で、カレーは香りと絡み付け程度だとか。あんの具は牛肉と青ネギ。カレーうどんのあんと作り方は同じですが、うどんの方が牛肉が多め。」

なお、引用したテキストは
NHKテキスト 「趣味どきっ」2017年6月ー7月
「スパイスでおいしくヘルシー もっとディープに! カレーの世界」
であります。

四条大宮の角の大きな本屋さんにはバックナンバーがまだあるかもしれません。

お店の方に、NHKで放送されてお客さんが増えたでしょうと伺ったら、それほどでもとご返事があった。まあ、教育テレビの番組ですから視聴率は低いのでしょうね。しかしある時、民放の番組で取り上げられたらかなり来客数が増えたということです。

裏メニューが表に出たのは、ちょうど京阪電車が地下に潜った1987年から数年後です。もしかすると、京阪電車の地下鉄化でお客数が減った対抗策として「皿盛」が裏から表に出てきたのかも知れません。



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